今月の1シーン
2010年3月1日の写真の説明
2010年03月01日
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南方仏教の地 ナーガールジュナ・コンダ(龍樹菩薩ゆかりの地)
紀元前三世紀頃、インドのマウリア王朝のアショカ王は、全インドを統一しました。
多くの犠牲を払った激しい戦いによって統一を実現したアショカ王は、とくに仏教の平和主義に共鳴して、深く仏教に帰依しました。
アショカ王がお妃さまの故郷(サンチー)に仏塔を建て仏教を広めて以来、仏教は次第に南に広がっていきました。
インドの南方にある、アンドラ地方のナーガールジュナ・コンダには仏教遺跡が数多く残っています。
ナーガールジュナとは龍樹、コンダとは丘という意味で、大乗仏教を思想的に完成させた龍樹菩薩(150~250年頃)のゆかりの地です。
ナーガールジュナ・コンダの地図
フラッシュ動画について
1枚目
ナーガールジュナ・サガル
1965年、クリシュナ河をせき止めて作ったナーガールジュナ・サガルダムが完成し、ナーガールジュナ・コンダは水中深くに沈んでしまいました。
写真は、かろうじて水没から免れたナーガールジュナ・コンダの丘です。(現在は島になっています。)
この島に、遺跡の一部と発掘品が移されました。
2枚目
マハー・チャイティヤ
ナーガールジュナ・コンダには、マハー・チャイティヤと呼ばれる直径二十七メートル程の大きなストゥーパーがありました。
このストゥーパーは、信心深い王様の妹、チャームタ・シュリーが仏教徒のために寄進したものです。
写真の白い柱は、アーヤカ柱といいます。
3枚目
アーヤカ柱
アーヤカ柱には文字が刻まれています。
「初代の王の妹、チャームタ・シュリーは彼女の実家や、嫁ぎ先の王家の人々の過去・現在・未来の回向と、現世と来世の利益安楽のため、そして一切衆生の利益安楽のために、このストゥーパーを寄進した。」
4枚目
仏立像(シンハラビハラ)
ナーガールジュナ・コンダには、仏立像(シンハラビハラ)が立っています。
この写真の仏像は複製ですが、当時のものは島に建設されたナーガールジュナ・コンダ考古博物館に展示されています。
古くはバールフットの大塔(前二世紀)、サンチーの初期の大塔(前一世紀)、アマラヴァーティの初期の大塔(一世紀頃)の欄楯や塔門に施されている彫刻には、お釈迦さまの姿を菩提樹や仏足、仏塔、傘などで表していました。
しかし、二世記頃から直接人間の姿で表すようになります。
そして、礼拝の対象が今まで塔や菩提樹であったものが、仏像への礼拝に変化していきました。
今月の写真の説明/文責・青森直樹
参考資料/『お釈迦さまの地 インド』 文・写真 久保尚志 すねいる発行
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